金属アレルギー 看護師 求人 大阪

ゆりかごにiPad があった子供達が考える「未来の革新的なガジェット」

medium_4873520178_convert_20120319170856.jpg
photo credit: Dimacius via photopin cc

生粋のAppleギークや常にWebに繋がっていたいネットジャンキーの御用達ガジェットであったiPad は、今やその裾野を広げて様々な層にインターネットの楽しさを伝えるデバイスとなりました。

インターネットとの接点が少なかった高年齢者やパソコンが苦手な人々、そして何より特徴的なのは小さな子供に絶大な支持を得ているという点です。


物心ついた時からiPhoneやiPadがある環境

我が家の5歳になるチビも、ご多分に漏れずiPadに夢中です。
(初代iPadですが)

最近では液晶テレビがタッチパネル操作では無い事に不満があるようで、「何故このテレビはiPadじゃないの?」と聞いてくる始末。Webへの接続メソッドがより簡易化されたiPadに触れ、もはや意識する事なく世界と繋がる事が出来ると肌で感じている世代。


「何故このタブレットはタッチするだけで色んな事が出来るのか」

そこに深く想いを巡らす事はありません。何故なら既にそこにあるから。


「それは自分の興味を満たす事が出来るか」

「どのようにすればそれで楽しく遊べるか」

その欲求のみで彼(彼女)らは動いていると言っても過言では無いでしょう。



「今まで見た事が無い」vs「あって当たり前」

medium_4647893507_convert_20120319171401.jpg
photo credit: Incase. via photopin cc

一方で大人はiPadが生まれた背景を考えます。

そして「なぜ日本からiPhoneやiPadは生まれなかったのか」と考え「変化を嫌う企業体質」や「リスクを恐れる経営者層」に問題があり、「日本にはブレイクスルーが起きにくい土壌がある」といった具合に。

一見自然なロジックの流れに見えますが、どうしても我々は社会常識や過去の経緯を元に判断しがちな為に「何が出来るか」ではなく「何故出来なかったのか」という論議に陥りがちである事もまた事実です。

iPadという現時点で最も革新的であるデバイスに対して「どういう背景でその製品が生まれたか」を考える世代と 「既にそこにある物」と認識している世代とでは、物作りに対する発想も大きく違ってくるのではないかと、私は思うのです。


小さな手でiPadを扱うデジタルキッズ達が、大きくなった時に考える「革新的なデバイス」とは一体どんな物になるのか。

もはや我々はそれを想像する事も叶いませんが、願わくばそれを見るまでは私の寿命が持って欲しい。 楽しそうにiPadでお絵描きをする子供を眺めながら、そんな事をふと考えてしまうのです。


管理者にだけ表示を許可する



Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...